めいいっぱいお金を使ったショッピング

ショッピングが大好きな私、ストレスが溜まった時や休暇はショッピングを楽しんでいます。銀行からお金をおろし、財布をぱんぱんにしてからショッピングモールへ。平気で数万円を使ってしまいますので、お財布にはなるべく多額を入れてから赴きます。以前から欲しかったインテリア用品、ゲーム、CD、趣味の用品、など全て買い込みます。

財布には多額を入れていますが、なんとか生活できるだけのお金は銀行に確保しているためにお金を使いきっても安心です。時々、レジの前でお金が足りない事に気づく場合も。そんな時はレジを去って買い物の見直しをします。

長らく買い物をしていないと、買いたい物が溜まっています。あれも欲しい、これも欲しい、と沢山の品物をどんどんとかごの中に入れてゆくのですが快楽で堪りません。好きな物を好きなだけ購入できるという快楽はとてつもなく心地よいです。買い物にはスリル、快楽、となんらかの精神的作用があるようで、多くの人が買い物の快楽に魅入られています。

その日私が使った金額は、10万円にもなりました。食料品、文房具、インテリア用品、値の張るゲームハードなどを買い込んだためにこのような金額に。それでもほくほくですし、お金を使って後悔はしていません。

私の多重借金体験記

私はお金を借りすぎて借金地獄に堕ちていました。借金地獄って言う言葉はテレビや映画など良く耳にしていたのですが、本当に地獄でした。きっかけは自分ではじめた事業がうまくいかなくなった頃です。どうしても会社を続けて行くのにはお金が必要で借りることになるのですが、いつか復活する時が来るから今を耐え凌げばどうにかなる!と、今思えば全く根拠のない自信が当時はありました。

結局はどうにもならずに借金を重ねて行くのですが、銀行が相手にしてくれなくなった時が今思うと辞め時だったのかもしれません。銀行が相手にしてくれなくなったら、次に借りるのはノンバンク系の金融機関。金利は高めだったのですが、審査はそこまで厳しくなく融資してくれました。

事業がうまくいってない時には、お金というのは湯水の如くなくなっていくもので、ノンバンク系から借りたお金でも足りなくなってきます。次に借りるのは、個人名義で消費者金融から。もうこの時には、抜け出せない借金地獄に片足どころか全身を突っ込んでいました。

そうなると、毎日お金の返済のことしか考えられなくなるのです、返しても返しても減らない借金。でも、返済の電話は毎日かかってくる。もうどうにも我慢出来なくなった私は弁護士さんに相談することに。債務整理という方法があり、合法的に借金の金額を減らしてもらえるのです。

最終的には5分の1ほどに金額が減りました。事業は縮小しましたが、今でも少しずつ返済しながら頑張っています。最悪の地獄からは脱出は出来ましたが、天国はまだまだ遠いです。

節約にも限度ってものがあります

よく、食費を削りましょうっていいますよね。でも、食費なんて一説によれば月に1万円ほどしか削れないそうです。我慢してもそれだけ?って感じですね。まぁ、それでも1万円もあれば毎月積み立てとかもできるから侮れない金額ではありますけれども。

個人的に削れるところは結構削っているつもりなので、これ以上何を削れというのかって感覚です。そもそも、外食だってほとんどしないので、食事に関わるお金っていうのはほとんど節約していると言っても過言ではありません。でも、貧困女子ってやつですからね。

新しい洋服だって買ったことないですし、みんないつもどうしているんだろうか?って思うほどです。普通に仕事をしていれば、年金だって心配するほど少ないってこともないでしょうに。こっちはフリーランスですべて自己責任で行っているので公務員の友人とかを見ると、嘘でしょ~って思ってしまいます。

まさに爪に火をともすような生活を送っていて、お茶だってペットボトル一つ買ったことないのに、なんだか切なすぎます。このままだと結婚もできないんだよなってつくづく感じてしまいます。お金は大事に使いたいですが、そもそも手元になければ使うことすらできないんですよね。

自宅のお風呂改装にみる金銭感覚の麻痺の怖さ

最近流行の電気屋によるお風呂場の改装を決意し、私も近くの電気店でお風呂場の取り付けをお願いしました。

施工費コミで凡そ100万円という値段が高いか安いかはわからないのですが、手すりのついたお風呂場に、無骨なステンレスではなく優しそうな素材でできたお風呂場に、滑り難く改良された床タイル、曇らないミラーが貼られデザインとしても整った棚などを見ているうちに、費用としては良心的に感じました。

そして100万円という高額な値段で契約したのですが、驚いた点が消費税です。消費税は普段はあまり意識しませんでしたが、100万もの買い物をすると8%で8万円もかかってしまったのです。意識せずいた為に、予想外の高さに私は驚きましたが、すでに契約してしまったので今更安くしてくれとは言えません。

仕方なく支払いを済ませました。そして施工の日が訪れます、工事は順調に進んだのですが、水を供給するパイプが錆付いており、こちらも交換した方が良いと勧められました。私は費用がさらにかかるにも関わらず、交換も行ってもらうという契約をすぐに決断してしまいました。

何故なら、100万円もの買い物をした後でしたので、たかが数万円という気持ちになってしまうのです。後で調べたら、これは心理学上でも照明されている理論であるらしく、大きな買い物をした場合普段なら注意すべき金額でも安く感じてしまうというものです。

私は普段なら数万円もの出費になると慎重になるものですが、この時は全く躊躇せず契約してしまったので、その心理的金銭感覚の麻痺というものの恐ろしさを実感しました。

友達にお金を貸した時が大変

友達にお金を貸した時が、一番大変な思いをしましたね。お金があるわけではないですが、最大で5万円ほどのお金を渡していました。

たぶん、ギャンブルにお金を使っているのか、借金の返済にお金を充てているのかの、どちらかだったと思います。友達には最初に3万円を貸して、そのあと返済日になると、返済期日を先延ばしにするだけでなく、さらに2万円を貸してくれと言いだしたのです。

その時には、お金が返ってこないと思っていなかったので、貸すことにはしましたが、それからが大変でした。一応の期日になると電話をするのですが、「今日はお金がないので明日にしてください」とか、「嫁がキャッシュカードを持っていて下ろせないので」などとにかく払えない理由を言って、その場しのぎでお金を工面しようともしなかったですね。

最終的には嫁のところに取りに行くから、返してくれと言うまで、返済してくれませんでしたね。お金を貸している方が気が楽だと言う人もいますが、お金がある人はそうかもしれないですが、お金がない人がお金がないので返ってこないことを考えると、スゴイ胸が苦しくなるのです。お金は貸さない方が良いですし、貸すならあげるという感覚で貸す方がよっぽど良いでしょう。

残業代を計算に入れた衝動買い

私のストレス解消方法は基本的にお金を派手に使うことです。何か欲しいものを買うというよりも突発的に必要もないかもしれないものを大量に購入することで普段溜まったストレスを解消しています。社会人になった当初からそういう傾向はありまして、貯金残高が底をついたこともありました。

それ以来そうしたストレス対策の衝動買いは残業代の範囲内という決め事を自分の中で設けています。やはり私のストレスが最大になるのは仕事によるところは大きいです。仕事を処理しているうちにストレスがたまると同時に残業代によってお金も溜まっているのです。

その相関関係を活用して、残業した範囲内の出費であれば衝動買いに制限をつけないでいています。昔は貯金残高が底をつくこともありましたが、そういう気持ちの切り替えのおかげで長年抱えていたストレスによる仕事のミスも大幅に減りました。

これだけ大変な目にあっているならば、同時にあれやこれも買って良いということ…と自分の中での気持ちの切り替えがうまくできるようになったのです。特に3ヶ月分の残業代をためてロードバイクを買った時はそれまでの苦労が全て報われましたし、それに向けて頑張ったおかげでスムーズに仕事を終えられました。

お金が足らず車をローンではじめて購入

6年ほど乗り続けてきた車を新車へと乗り換え時期に差し掛かり、いつもなら下取りで出して、そして差し引き金額をキャッシュで払ってといった感じでこれまでは車を乗り換えてきていました。今回の場合にはどうしても資金的に厳しさがあり、車の乗り換えも諦めようかとも思っていたのですが、待てば待つほど下取り価格は下がってしまいます。

そういったことと後はどうしても乗換えをしたかった車が金額的に良かったので、それもあってのちょっと無理をしてでも乗り換えたいと思ったんです。そして今までローンをしたことがなかったのですが、今回はそうでもしないと乗り換えもできそうになかったので、仕方無しにローンにしたんです。

私の中ではどうしても金利という無駄な金額を払うのが納得がいかなかった部分がこれまでありました。そんな無駄なお金を払うくらいならとも思っていたので今回のローンではかなり折れての行動になりました。またローンでの返済額として、総額230万を下取りで残り100万でしたが、これを4年ローンでの返済になりました。

返済をしながら最初の頃は無駄に払っている金額のことを気にしていましたが、返済も終わりを迎えるとローンも意外といいかもしれないと思えるようになってきました。

兄に100万円借りた

私の親は私が12才のときに離婚してしまったのでした。その後に母親は家をでてしまって、実家に戻ってしまったのでした。それから、試練の連続でしたが中学生になって、夕飯の買い物や料理をするようになりました。そのころから野菜の値段や肉の値段などを知るようになりました。

なのでOLになっても、家事は私がほとんどやっていました。でも団地に兄と父と住んでいましたが、1ヶ月の生活費はかなりかかっていました。私が26歳で結婚して、父はパートナーを見つけて一緒に住むようになりました。私は旦那の親との同居でしたので、光熱費などの管理は旦那の母がやってくれていますので、すごく助かっています。

でも実際に1軒屋の維持費はどのくらいかかるのか知りません。結婚して20年になりますが、いまだに旦那の母が管理していますので、自分のパート代などは自分の服やジュエリーに消えてしまっていました。でもそのパートの仕事もやめてしまって、好きなジュエリーが買えなくてストレスがたまっていました。

父が亡くなったあとに、何ももらっていませんでしたので、兄に電話して100万円借りることにしたんです。でも返済しないでいいといってくれたので、言葉に甘えました。